
| 新井(あらい) 荒井、新居、荒居等 にも通ず |
由来 |
1.新田新開拓の際に、新しく居を構えたため→新居(荒居) ※ちなみに今(現在)居住している時には今井という(今井氏参照) |
| 2.井戸や水路など田畑に必要な水源を掘った事から”井”を使ったと云われる。 →新井(荒井) |
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| 3.アライは「新しく開かれた土地に居住すること」を意味す | ||
| 雑学:新井という地名が多いのは埼玉県で、大字以上の新井地名で県内に約20ヵ所 (「日本分県地図地名総覧」昭和48年度・・・現在(平成16年度)では、 だいぶ変更があると思いますので参考程度にしてください。) 昔は新井地名の付近には新田が広がっていた為、もっと地名があったと思います。 また、新田とつく地名は新井よりも多く約110ヶ所あるといいます。 それから、アライという名はすべてあわせると約80万人いて、 分布は関東を中心にして、東北・中部地方に広まったようです。 |
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上野國新田郡新井村発祥(現群馬県太田市新井)
新田基氏─二郎覚義(荒居禅師)─────┬太郎義基
上野新井氏祖 │
新井二郎
└二郎朝兼─又二郎義真─義次─義胤─正俊─正明─義広─綱広
二男
新田義房二男とも云われる
家紋:違い鷹の羽
─(略)─勘解由─────────正済────────新井白石
多賀谷宣家に出仕 上総久留里藩士 将軍徳川家宣儒臣
関ヶ原の合戦にて没落
旗本
「新田系図」より
後裔は上野國(群馬県)一円に広がった・・・いろいろな系列が誕生
・新田義貞に従軍した家系
・戦国期太田金山城主由良氏家臣後帰農した家系
・江戸〜明治時代にかけて肝煎りや素封家で知られる家系
埼玉県北部〜群馬県東部〜栃木県西部にかけて分布
他流:武蔵國榛沢郡荒居郷及び多摩・荏原・入間各郡新井村発祥 武蔵七党の一つ丹党秩父氏系
岩代國安達郡荒井発祥 桓武平氏千葉氏族
家紋:五三桐、釘抜
下野國発祥 藤原秀郷子孫足利俊綱祖─(五代略)─房昌(新井小四郎と称す)
※栃木県の足利・佐野両市に現在多く住んでいる。
大和十市氏、九州大蔵氏、奥州安倍氏、信濃源氏信州浦野城主村上氏族
荒井氏:讃岐発祥 赤松満祐孫満康祖
陸奥國大沼郡荒井発祥 桓武平氏芦名氏支流→後伊達氏に従い、江戸時代は仙台藩士 岩代千葉氏族、下野清和源氏足利氏族、下野関白藤原兼家子孫、大江氏流、大宅氏流など
家紋:鷹の羽、四つ目結、五三桐、三つ柏、木瓜、九曜、抱き茗荷ほか
文献:上州新居家伝(東京大学史料編纂所)、「ある農家の江戸と明治史」 新井富士重著(埼玉県立図書館)