・柿崎景家(かげいえ)
生年不詳 字:弥次郎、職歴:和泉守
越後頸城郡柿崎城および猿毛城主
上杉謙信側近→剛強無双の者と称される
「北条軍記」
・上杉謙信は、「和泉守は思慮あること七郡に並ぶ者なし」と評したと記す。
永禄元年(1558年) 春日山留守番
同四年(1561年) 小田原攻め、川中島合戦に従軍
天正元年(1573年) 先手三百騎大将として越中攻めに出陣
同三年(1575年) 二月 織田信長に内応した疑いをかけられて越中水島にて殺害される。
※↑の理由で殺害されたと見られていたが、
忠孝の者として知られていた景家が、裏切り行為をするか不安になる。
ましてや、上杉謙信お気に入りという立場もある。
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以上のことから、表向きは上記の理由を用いて、
裏で重要案件を行っていたのでは?と推測するが、真相は不明。