大館尚氏

大館尚氏(なおうじ)
   生没年不詳        大館教氏の子に生まれる。

                  法名:常興、宝秀軒

                  職歴:治部少輔→兵庫頭→弾正少弼→左衛門佐→伊予守

                  晩年:伊予入道と呼ばれる。

                  和歌・連歌に長じ、能筆で公家との交流も盛んにしていた。

                  武家儀礼の整備に貢献

                  著書:「大館常興書札抄」、「書札認様秘伝抄」、「大館年中行事」、「大館伊予守一冊」などの故実書

                  残存:「大館常興日記」・・・天文七〜十二年(1538〜1543年)が残存
                        ・荘園制度終末期の幕府経済や上級武士の生活を知る貴重な書物

   寛正四年(1463年)    父が38歳の若さで死去

                  従兄政重とともに早くから幕府に出仕し奉公衆第五番に属す。

                  義尚将軍就任
                   ・政重・・・東山別業の義政に仕え、御供衆・申次に就任
                   ・尚氏・・・義尚に仕え申次に就任

   長享元年(1487年)    六角高頼追討江州動座戦→第五番頭として出陣し、鉤の陣をとり評定衆に任命される。

   同三年(1489年)     正月 将軍義尚が陣中にて没
                           ↓
                      即時撤退を主張して混乱を収拾→前駆して六角勢の追撃を制す(「大館持房行状」)

                   義稙・義晴にも義尚同様仕え申次・内談衆を務める。