鎌倉時代 ”名字”ー移動した名字地の名をとる名字が主流
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室町時代 ”苗字”ー所領が変わっても変化しない苗字に移行
│ 下克上の気運に乗じ、中小名主層の中に名字を名乗るものが出現→地下(じげ)の名字
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│ 身分の偽造や偽系図の横行で混乱をきわめる
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江戸時代 幕藩体制の確立→苗字・帯刀をもって武士の特権とする
亨和元年(1801年) お触書の発布
領主により苗字・帯刀を許可された庶民
1.郷士のように由緒あって以前から許されていたもの
2.奇特の行為によって褒賞として新たに許されたもの
3.町年寄・庄屋・名主・御用商人・本陣などの役柄によるもの
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江戸後半期 諸藩の財政難が深刻となる→農民から献金を求める
文久三年(1863年) 戸田松本藩が献金の為の規定を作成
献金の金額により栄誉を授与
拾両(10両) 一同御礼
二拾五両(25両) 独御礼
四拾両(40両) 苗字
百両 帯刀
五百両 子孫苗字独御礼
千両 子孫苗字
兵農分離→大百姓になり公には苗字を名乗れなくなった本家筋の中には、
依然として祖先伝来の苗字を相伝する家が多い。
苗字の代わりとして、”何々左衛門”や”何大夫”などを使用し、
代々同一の名を襲名
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家格を表現(屋号を使用することもある)
幕末 苗字・帯刀の統制の崩壊→庶民の苗字公称
天領や農業の発展した地域が主で、他の地域ではごく一部の
本百姓に限定される。