室町時代の苗字のありかた

鎌倉時代 庶子 付近への分封と地方への移住により新しい土地の名を用いて
        惣領家とは別の名字を作り名乗るようになります。
  ↓
室町時代 惣領家の力が強まり、祖先以来の家名を尊重し、子々孫々に相伝する傾向が強くなる。
      →この時代以降 家督相続における名字の相続に重要な意味を持つ事になる。
       また、一家の元祖=名字の元祖で家の断絶=名字の断絶という意味に変化していきます。

     南北朝時代 名字を同じくする家同士の団結した集団の登場
            紀州隅田八幡宮を中心として結合した集団→隅田党
(すだ)
             異なる出自
              隅田氏、葛原氏、境原氏→藤原姓
              松岡氏        →源姓
              上田氏        →橘姓

            形式的に家々の姓の上に隅田の二字を冠し、一揆的な結合を強化するため、
            一様に隅田を姓として名乗る。→名字衆
            例 隅田松岡氏、隅田上田氏など

     戦国時代 家臣団の中に名字衆や同名衆を家臣の中核に置くところが出てくる

           戦国大名 苗字の与奪権を掌握し規制するようになる

                住むところによって名字を変え、
                一家を創設する時は本家と別の名字を作るならわし
                         ↓
                惣領家の名字を名乗って、権威を利用しようとする庶子が出てくる。
                 →惣領家も反撃をする。
                         ↓
                惣領家の名字をみだりに庶子家に許可しないという傾向で方針が固まる
                         ↓
                   惣領家が名字の独占権を獲得

                §参照§
                 延文四年(1359年)
                  将軍足利義詮が豊後大友氏の惣領権を保証
                   ”大友名字は始祖能直以来、惣領の号であるから庶子などが勝手
                    に自称する事は、はなはだ理由がない。
                    早く自由の儀をとどめて先例にまかすべし”
                                   ・・・と、文書で申し渡す。
                   他の大名家もこれに従い、
                   従来の名字を改めたり、庶子を寺に入れたりした。

  こうして、”名字”→”苗字”へと変わり、新しく創設される苗字というのも少なくなってきます。

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